あなたの歌がききたくて。

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夏は終わらない。「カゲロウプロジェクト」が残した軌跡

「カゲロウプロジェクト」という作品の名前を、耳にしたことはあるだろうか。

多少ネットに詳しい人なら知っているかもしれない。動画サイトの楽曲から生まれ、小説、漫画と広がっていった、青春群像ファンタジーとも言える作品。音楽パッケージの累計発売数は70万枚(2016年4月時点)、書籍の累計は850万部(2017年3月時点)とwikiにはある。
2014年4月、「メカクシティアクターズ」というタイトルでアニメ化。
VOCALOIDを使った楽曲の中でも、かなりのヒットを飛ばしたコンテンツである。


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私と「カゲプロ」の出会いは、2011年9月。当時、ニコニコ動画のランキングに、「カゲロウデイズ」の動画が乗っていたことがきっかけだった。
8月のある日、友達が事故で死んでしまう。時間を巻き戻して、成り行きを変えようとしても、その結果は変えられない。果たして二人の行方は? という、謎めいた曲。
解釈や賞賛のコメントを見ながら、特に10代への人気を何となく感じたのだけれど、その感覚が間違っていなかったことを、のちに諸々が証明することになる。

順調にマイリスト・再生数が伸び、「ボカロ」としてのヒット曲の仲間入りをしてからしばらくして、動画の投稿者コメント欄に、追記された一言が眼を惹いた。
「これから、”カゲロウプロジェクト” が始動する」という旨の言葉。
「プロジェクト」って一体何だろう? 


当初、そのあたりが明確にイメージ出来ていた人は少なかったと思う。複数の楽曲から物語を派生させひとつの作品とする発想は、Sound Horizonなどの有名所や、「悪ノ召使」などで知られる悪ノPなどが既に成功していたとは言え、当初の段階から商業でコンテンツを展開するという例はいままでにあまりなかった(…多分)。

アルバム「メカクシティデイズ」と同日に小説「カゲロウデイズ –in a daze-」が発売され、オリコンの週間ランキングで、CDアルバム6位、文庫本10位にランクイン。漫画化もされ、一躍人気の作品となる。

物語は、親友の少女の死をきっかけに引きこもりとなった青年が外に出て、不思議な能力を持つ若者たちと事件に巻き込まれるところから始まる。PCに住み着く電脳少女、人気アイドルである青年の妹なども加わり、誰かに糸を操られる運命への抵抗が語られる。
(…なにぶん初見が昔すぎて記憶が曖昧なので、ファンにおかれましては細かい突っ込みはご勘弁ください)


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ある意味、シンデレラストーリーとも言える「カゲプロ」の人気の理由について。世間では当時、色々と取り沙汰や分析が行われたけれども、ここで自分でもまとめてみたいと思う。

まず、楽曲としての魅力。曲ごとにカラーが違い、またどれも耳に残る出来で、歌ったり弾いたりといった派生動画も多く上げられたし、今でもMMD等で使われていたりする。

次に、「物語音楽」という形式。楽曲でイメージや謎、感情を喚起し、視聴者にほろりとさせたり謎を解く楽しみを与えつつ、メディア展開で会話やストーリーを綴っていくという形は、想像力を最大限に働かせて楽しむことのできる、ネットの良さをよく活かしたやり方だと言える。
 
ストーリーとしては、いわゆる「ループもの」であることが取り上げられることもある。
時間遡行による運命への抵抗は、「ひぐらしのなく頃に」や「魔法少女まどか☆マギカ」などのヒット作品でも重要な展開として扱われており、確かに心躍るテーマである。


など、大人たちが考えた「人気の理由」に、しかしそれだけではないんじゃないだろうか、と個人的に意見を付け加えたい。

アニメその他で「カゲプロ」を知った人なども覚えていると思うのだけれど、主人公たちには共通点があり、それは「目にまつわる能力を持っている」というものである。
姿を消したり読心ができたりと、若気の至りで一度は妄想するいわゆる「超能力」なのだけれど、さらに「能力を使うと眼が赤くなる」という設定がある。心底格好良いのだけれど、ここまで吹っ切れて妄想させてくれる設定はなかなかないのではないだろうか。

キャラクターのシャープな立ち姿、目つき、パーカーのフードを被ったクールなビジュアルなども人気に拍車を掛けていた。実にこう、言ってしまえば「厨二心」をくすぐる要素が満載なのである。
「謎解き」要素もあいまって、いつまででも妄想できる土壌を提供してくれる。

…というのは、表向きの分かりやすい理屈だ。個人的には、「カゲプロ」の根底にある「人気の理由」は、もっと素直なところにあるのではないかと思っている。


実は、「カゲロウプロジェクト」においてキャラクターが真に特殊な点は「超能力」ではない。その「立ち位置」である。

天才少年でありながら、学校へ行かず引き篭もっているシンタロー。アイドル活動のため、学校へ満足に行けないモモ。「アジト」でバイトや「依頼」をこなしながら暮らしている、「メカクシ団」のメンバー。
10代の少年少女を描いておきながら、「学園モノ」ではない。血縁にも恵まれていないキャラクターが多く(主人公兄妹は父と死別しており、「メカクシ団」は孤児院育ち)、ある意味「『普通』から外れた人たち」とも言える。
超能力があっても、それを私利私欲のために使うどころか、能力のせいで人に嫌われた過去を持ち、例えばいじめにあった”普通の”子供のように悩み、能力を正しく活かしたいと願う姿が描かれる。


と、語ってはみたものの、作品に触れればわかるように、「カゲロウプロジェクト」自体は全く重い雰囲気の作品ではない。
キャラクターはみんな、それぞれの魅力を持ち、どこか抜けていて、たぶん苦労しただけ優しい。

不思議な縁をもつ彼らは、淡い恋や友情、血縁ではない家族の情、色々な形の「絆」を繋いで、生きている。
誰にでも手を差し伸べるアヤノ。ヒビヤに手を差し伸べるモモ。数えればきりがないほど、「絆」「思いやり」を大事にしている物語であると思う。
大事に思っているからこそ、傷ついてもわかり合おうとするし、失うと身を切られるほど悲しい。
そういう当たり前のことが、こういう若向けの作品で、素直にナチュラルに描かれている。 

謎、物語の道具立て、そういったものよりももっと、根底に流れているもの。
それこそが、「カゲプロ」が大人が触れても惹かれる作品である要因だと思う。


そして、最後にひとつだけ付け加えるならば。舞台となる季節が「夏」だったこと。

四季のうち、楽曲や創作において、一番多く取り上げられるのは「夏」ではないだろうか。爽やかな朝、生命力に溢れた昼、郷愁を感じさせる夕暮れ、何もなくても何故か浮き立つ夜。夏には何か、人を魅惑する力があると思う。


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「その後」の話をするのは、実は少しつらいものがある。

「カゲプロ」の人気は加熱し、「VOCALOID」のランキングが、関連の動画で埋め尽くされていたこともあった。低年齢層のファンが一気に増えたのは、コメントを見ていれば分かった。
それはもちろん、作者の責ではない。誰のせいでもない。時代の流れだった。

私は、「ボカロ」の一番良いところは、人や声の「多様性」だと思う。
再生数が多いのが、有名になるのが偉いんじゃない。誰にでもあるその人だけの個性とか、同じソフトを使ってもちがう声になる面白さとか、そういうものを楽しむ場所だと思っている。

だから当時、流入した新興のファンによってランキングが一色に塗り替えられ、「最近のボカロは」と外から言われるのが辛かった。数名の才能が全体のイメージとして語られることに違和感を覚えていた。

当時、一般へと進出していった「VOCALOID」という分野も、その煽りを随分と受けた。
ネットで無償で楽しんでいた創作ブームが、商業という方向へ向かっていくことへの反発。
「プロジェクト化」が速すぎないか、という声、マイリスト工作。まとめサイトの軽薄な煽りや、「カゲプロ厨」へのなりすまし。


今、自分の持っている才能で、ネットから夢を叶えることは、何も不思議なことじゃない。
この流れを作った人たちのひとりが、作者である「じん」氏だと思う。


当時の狂騒を振り返って、良い距離と温度感になったな、と個人的には感じる。
「カゲプロ」には今でも、それを楽しんでいる人たちが居る。
当時、女子高生の子が書いた感想文が印象に残っている。
「秘密基地みたいで、あの世界にすごく憧れた」「キャラクターが友達みたいに思えた」、たしかそんなニュアンスだったように思う。 
いつのまにか、コラボした学習参考書が10冊を数えていたのには驚いた。昔では考えられないことが色々と起こっているなと思うし、いつまでもそれを楽しめる大人でありたい。


そして、今年。2017年。因縁の8月。
「カゲロウプロジェクト」のアニメ第二期が、正式に発表された。

これからまた、色々と展開があるだろうと思う。
この文章を読んでくれた人がいたとして、ご縁があったら是非、あの不思議で人懐こい世界を覗いてみて欲しい。


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