あなたの歌がききたくて。

小説とVOCALOIDと知らない人のことばが好き。

世界のすべてを疑え。

今週のお題「思い出の先生」

 

 特に熱心な学生という訳でもなかったし、はてなブログ自体はじめたばかりだし、お題もスルーする気満々だったけれど、ふと大学時代のことを思い出したので書く。

 

 希望に燃えて…いたか忘れたけど、はるか昔、日本文学科に入学した時のこと。最初の講義で、めがねをかけた天パの教授はこう言った。

 「広辞苑はないものと思え。世間でいちばん有名な辞書だからと言って、丸呑みにしてはいけない。自分の信じる『常識』を疑ってかかること」

お言葉ですが…〈4〉広辞苑の神話 (文春文庫)

お言葉ですが…〈4〉広辞苑の神話 (文春文庫)

 

  「信じるものは日国*1と角古*2。背表紙の装丁を覚えこむくらい引くこと」

 「講義には出なくていい。その時間で、一冊でも多く本を読みなさい」

 まじめに(…いや、それなりに)受験勉強をこなしてきた、入学間もないうら若い学生たち(女子多め)に向かって、なかなかのインパクトだった。ボールは友達!みたいなノリで、書籍は友達!と気炎をあげる先生に向かって、「不思議なところに入ってきてしまった…」と思った学生も多いのではなかろうか。

 

 しかし、ちょっとユニークな先生から、かなり変わった先生まで、慣れなければ講義は受けられない。そのなかで、ふっと笑ってしまいながらも、色々と大事なことを学ばせてもらったんじゃないかなあ、という瞬間はいくつかあった。

 

 英米文学の講義。見た目40代くらい、ちょっと端正な顔立ちの、これまためがねの先生が、鞭打ちの話をしていた。首のほうじゃなくて、黒人奴隷が逃げ出そうとしたときの話。(題材がハックルベリー・フィンだったか風と共に去りぬだか、別の小説だったかは忘れた)

「罪によっては十数回。その上まで行くこともあります。数十回打たれれば瀕死、かなり高い確率で死にます。…みなさん、十数回なんて、意外と少ないと思うでしょう? 」

 そこで教室を見渡して、ちょっと溜めて。

一度鞭打たれてみるといいです。とてもよく分かる。

 いや、先生は体験したことがあるんですか…。とも突っ込めない、やたら真摯な眼だったのを覚えている。

 まぁ、人によっては笑いどころなのかもしれないけど。

 その瞬間、自分が読んできたあまたの小説が、白い紙の上に乗った黒い字のかたまりが、色をもって教室に立ち上がってきたような気がした。

 その中で、鞭打たれていたその人が、ふと立ち上がり、振り返って自分を眺めていた。

 

 またあるときは、ジブリの話だった。もうかなりのお年で、上品な白髭タイプの方だったような気がするけれど、「僕はジブリ作品が好きでねえ」という話からはじまり、魔女宅やらなにやらへの愛を語った挙句、こう言った。

 「宮崎しゅんという人は…

 学生たちの失笑に気づいたのか、苦い笑いをしてこう言った。

 「勿論知ってますよ。はやお、みやざきはやおさん。ただ、人名を音読みで読むことってあるでしょう? 藤原俊成、ふじわらのしゅんぜい。それと同じことです」

 気まずい雰囲気を流すように、珍しい方向性の雑談は終わり、講義がはじまった。

 いまでも思う。あのとき、「自分たちより年上だから」「アニメなんて観そうにない方だから」というイメージで色眼鏡をかけて、思わず笑ってしまった、不勉強でものしらずな学生たちは、世の中を少しだけ、かなしくしたんじゃないだろうか。

 

 教職の免許を取得する過程で、「道徳」をあつかう講義があった。

 例え話があって、「苦労して難病の薬を開発した人がいる。子供がその難病にかかっている親がいるが、薬代があまりにも法外で払いようがない。思い余った親は、その薬を盗んで子供にやった。この親に罪はあるか」。

 教室にいる学生に手を挙げさせたところ、「罪ではない」が一握り、「罪である」がやはり一握り、「どちらともいえない」が大多数だった。

 先生は言った。「これは罪です。誰がなんと言おうとも

 

 他にも色々な人がいたけど、さすがに思い出せない。仏教関連を教えていた先生で、「宇宙にくらべて、人間はなんとちっぽけな存在なんだろう」という趣旨の口癖の方がいらしたんだけど、その口吻がさっきから出てこない。あのころは我々学生の中で鉄板ネタだったんだけどなあ。

 個性豊かすぎる先生方の中で、自分が教わったこと。

 「世界は、自分が信じている通りのものではない」

 「知識は力である」

 「自分にはとうてい理解できない考え方、事象は世の中に満ちている。時代や国籍や文化を超えて、それを理解しようとするのが文学である」

 

 歳をとるにつれて、世界は広くなる。自分が知らないこと、出来ないこと、分からないことばかりで不安になるけれど、目に映るものすべてを疑い、好奇心を持って、生きていきたいと思う。

 

*1:小学館日本国語大辞典

*2:角川学芸出版『角川古語大辞典』