「火花」を読んで考えた「文学」の定義
ちょっと遅い話題ですが。
2015年、第153回芥川龍之介賞受賞、又吉直樹さんの「火花」を文春で読みました。
結論からいうと、良い意味で予想を裏切られました。面白かった。
あえて、新聞やTV、ネットでの評判を見ないでいた部分があるので、自分が「面白かったなあ」と思ったポジティブな「読書感想文」を書きます。
一般小説として「面白い」。
■概要
もう知っている方が多いんじゃないかと。お笑い芸人を目指す、ちょっとだけひねたところがある主人公と、彼の師匠になる「神谷さん」の辿っていく道のりを描いた作品。
登場人物の、「笑い」に対する愛と真剣さが感じられるところに好感がもてますね。最初から最後まで、「どうやったら人を笑わせることができるんや…。笑いとは何なんや」ということを二人が真剣に考え続けています。
■印象
中身の詰まった文章ですが、飄々としていて、笑いを追求している芸人さんらしい、くすっと笑えるような場面もわりと多いです。最初のところだけ、若干気負った「純文学」テイストがあるのはご愛嬌ですが、進むうちにこなれて、手慣れた感じになってくるのがすごい。
インタビューのページを見ると、初めて書いた小説で、3ヶ月くらいで書けたと書いてあるんですが、本当なら、普通に小説家を目指している人が心折れそう。
なぜ、この小説が「芥川賞」に選ばれたのか。
■選評
芥川賞の設立された経緯やいままでの受賞作品については、きちんと勉強したことがないので詳しく語れないんですが。「そのときの日本を代表する文学」を選出する賞なんでしょう。
選評を読みましたが、ざっくり言うと「青春小説で、笑いと哀愁があって好感が持てる」「エッジのきいたところ、光る未分化なところがない」みたいな感じでした。
■新しい人物像
そういう評価を受けた上で、この小説が選ばれた理由は、「笑いというものに命をかけている若者」という、新しい人物像が描かれていることなんじゃないでしょうか。
同じく芥川賞受賞作の、庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」、村上龍「限りなく透明に近いブルー」なんかも若者が主体の小説ですが、いままでの日本に、「お笑いを生きがいにしている青年たち」という、ある意味ライトな生き様を描写した小説がなかった。そこが良かったんではないかと。
…まあ、「限りなく~」に比べてしまうと、精神の高揚の方向性が全然違いますけども、「テンションが上がりました」って言ってしまえば同じこと。
1000年後も読まれている「現代文学」はどれだろう?
■「文学作品」を受け取る準備
芥川賞や直木賞で世間が騒いでいるのを見るたびに思うんですが、「『文学』ってなんだろう?」ということですね。
例えば、同じクラシック音楽でも、部屋で最高の音響で一音も聞き逃さず聴いている人と、ホテルで朝食をとりながら聴いている人ではあきらかに受け取るものが違う。クラシックを「ちゃんと聴く」ためには、一般人からすると相当な知識が必要なはずです。だから、「のだめカンタービレ」のような、わかりやすく入門させてくれる作品が受ける。
柄谷行人や蓮實重彦が論じる「文学」と、いま文藝春秋に掲載されている「文学」は地続きで語れるものなのだろうか。
それは地続きだけれど、自分が分かっていないのか。
非連続の「文学ごっこ」になっているわけではないのか。*2
「文学の権威が選んだもの」として箔付けされたから、国語の資料集に載るから、「名作」として認知されていく一面は確かにあると思います。
■自分なりに考える「文学」
自分の勝手な「文学」の定義を上げるならば、「人類の遺産として残される価値のある文章」だと思っています。ロマンでもノベルでも、詩も戯曲もそうだと思います。
自分には想像もできないほど造形の深い誰かが、自分のかわりに選んでくれた「名作」が、後世には残っていくのでしょうが。
自分は自分なりに、勉強して、考えて、そのうえで、楽しんで読んでいければと思う次第です。
今後にむけて気になるところ。
■二作目の動向
言わでものことですが。
今回の「火花」の成功は、主人公の関心事がイコール又吉氏の関心事だったために、内容が濃く面白いものになったという面もあると思います。選評でも島田雅彦氏がそういう趣旨のことを言ってますが、二作目のテーマ、モチーフが気になるところ。(二作目…ありますよね?)
にしても、これだけの文章力と、あたたかみのある人柄があれば、テーマが決まってればきっとまた面白い小説を書いてくれるはず。
■「マドンナ」以外の女性像
ちょっと失礼なことを言っていいですか。
女性の描写が…ぺったんこなのでちょっとさみしい。
作中に神谷さんの彼女が出てきます。破天荒な彼に理解があって、優しくてナチュラルで落ち着いた感じの美人で、水商売*3的なお仕事をしながら支えてくれる。
その人自体はいいんです。色白でたれ眼でたゆんたゆんの女性(※イメージ)大好きです。
ここから先ネタバレです。
結局、神谷さんと別れて結婚して幸せになり、子供と遊ぶ彼女を主人公が公園から見るシーン。彼女が非常に神々しく書かれていて…いきなり柳美里の小説のラストみたいな、カタルシス溢れる文章。すいません、実を言えばちょっと笑いました。
「僕」と神谷さんの相方もそれぞれ違った性格で、短い文章で活写されているだけに、なぜその観察眼は男性にしか発揮されないのか不思議。もう1人出てくる女性もまさかの「マドンナ型」。2人出る必要あったかなぁ。
なんか「秒速5センチメートル」を観たときの鼻白んだ感じを思い出しましたね。自分が男子高校生だったら、忘れられない映画になるんだろうなあ、とは思いましたが。
まあ、今回は題材が題材なので、そうなるんだろうと思いますが、また違った感じの登場人物も見てみたいですね。
「火花」とは直接関係ないですが。
「芥川賞は短編・中編が対象で、毎回文藝春秋に掲載される」というのを知らない人が意外と多い。「本当!? 両方読めるなんて、お得なんだねえ」って反応ですね。
それどころか、「日本人の肖像」から「ベストセラーで読む日本の近現代史」から、こんなに色々読めて970円(税込み)ですよ。なんですか、ニトリの社長夫婦の対談って。あとで読もうっと。